そろそろ、毎年何億も予算のついてるアジア歴史資料センターが、ハードウェア及びソフトウェアのリニューアル作業とはいえ、9月15日から10月9日までの約20日間も使えなくなるので、その間何やろうか考えなきゃなぁ・・・。
っていうか、使用ソフトがdjvuじゃ無くなったら、面倒臭いなぁ。(笑)
レファレンスコードや画像の区切りとか変わったら、このブログも終わりだなぁ。
いや、それどころかjpeg表示無くなったら、どうしよう。(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル
等と、色々と非常に悩んでいるdreamtaleです。(笑)
ども。

さて今日も、今回の連載を終えるために最後の史料を見ていきましょう。
『各国内政関係雑纂/韓国ノ部 第二巻/10 明治32年2月20日から明治32年4月15日(レファレンスコード:B03050003700)』から、1899年(明治32年)2月27日付『機密第5号』の続き。

猶又各国使臣の意向を探りたるに、使臣中の重なる意見は、民会の激昂を以て全く謂なきに非ずと庇護し、寧ろ皇帝方政府の措置に不満を抱き、就中陛下が敦礼門前に臨御し、民会・褓負相方に向って誓言せられたる事項の一も実行せられざるは、信を民に失ふ所以なりと誹議し、況んや使臣等其席に列したるものをも欺罔せられたるは、厚顔の甚しきものなりと嘲笑するもの多し。
今回は各国使臣の様子から。
元々民会寄りだった外国使臣は、当然民会の激昂を庇護して高宗側の政府の措置に不満。
臨御の上約束した事を一つも実行しないのは、国民の信用を失うゆえんであり、ましてその場には使臣自らも出席しているわけで、それをも欺くのは厚顔も甚だしいと、嘲笑する者が多い、と。
んー、外国人から嘲笑されるのは、ENJOY Koreaだけじゃ無く歴史上でも見られるのか。(笑)

克く事情を研究したる結果本官は、今日の民会は到底巧妙なる手段を以て政府を改造すべき能力と準備を有せざれば、寧ろ此有害無益の民会を除き、政府をして国内の秩序を回復せしむるに如かずと思考したり。
而して、此目的を達するには、政府をして或点迄譲歩せしめ(人望ある民間の有志を政府に採用する類)、且つ民会員解散後に於て、何等危虞の念を抱かしめざる担保を与へ、而して其條件の下に民会を解散せしむるは、敢て難からずと信じたるを以て、閔泳綺、李載純等をして先づ此意を陛下に密奏せしめ、之に必要なる詔勅を発し、又は各部に若干の兵を配置して各大臣皆な各部に出仕して政務を取るべき旨を勧告したり。
陛下は、昼夜民会のことを軫念せらるる際なれば、容易に右の意見を実行せられ、爾来各部に各6名の兵を置て民衆の闖入を防ぎたるに、多少の衝突を見たりと雖も先づ大なる損害を醸さず。
夫より本官は民会の議長高永根、副議長尹致昊と会見して、官民の怨恨如此結んで解けず、其結果腕力に訴へ終に内乱の階梯を造らば、韓国の安危図るべからずとの趣意を以て、醇々説諭すると同時に、又此筆法にて重なる有志を遊説せしめ、殆んど昼夜の別なく斡旋盡力したる末、竟に漸く民会は一に持重の態度を執ることに相談相纏り、又た殊に反目啻ならざる閔泳綺と高永根、尹致昊を調和の為め会見せしめ、政府は閔泳煥、朴定陽を容れて稍々民意に副ひ、且つ民会員の身上は必ず安全を保すべすとの担保を与へ、旧臘12月25日を以て民会は先づ自ら鐘路の集会を撤回し、会員等も安んじて帰家することに相成、漸く此に紛擾の一段落を告げたる次第に有之。
此儀は、其当時電稟に及びたる通に有之候。
加藤は、事情を研究した結果、現在の万民共同会では到底巧妙な手段で政府を改造できる能力も準備もないため、有害無益の万民共同会を除いて、政府に国内の秩序回復を行わせる事が最も良いと考えたんですな。
確かにやり方が稚拙というか、トップが高宗だということを常に考えながら物事進めていかなきゃ、失敗するに決まってるわけで。(笑)

一方で、政府に国内の秩序回復をさせるためには、当然政府側で民間有志を政府に採用する等、万民共同会に一定ラインまで譲歩し、万民共同会の解散後も会員の身の安全等を保証する事が必要だろう、と。
そうすれば解散は差して難しく無いと加藤は思っているわけですが、こちらもトップが高宗だという事を考えて欲しいですな。(笑)
約束を反古するのは、いつもの事ですし。

兎も角、閔泳綺、李載純等にその旨を高宗に密奏させ、万民共同会への譲歩策と身の安全の保証に必要な詔勅を出し、更に各部に若干の兵を配置して、大臣は皆各部に出仕して政務を執らせるべきだと勧告。
まぁ、9月1日のエントリーで見たように、万民共同会員が各部に勝手に入ってきて集会参加を強制するような状態だから、各部の大臣以下官僚も出仕しなくなったわけで、最低限の警備は当然必要になりますわな。

で、万民共同会の扱いに悩んでいた高宗は、早速これを受け入れ実行。
各部には、それぞれ6名の兵が置かれて民衆の闖入を防いだところ、多少の衝突はあったものの大きな損害は出なかった、と。
続いて加藤は、万民共同会議長の高永根と副議長の尹致昊に会見して、官民間で怨恨が凝り固まって、その結果腕力に訴えて内乱の梯子を作るようでは、韓国の安危は図ることができないとの意で説得し、この論法で主な有志を遊説させて斡旋尽力し、特に反目が著しい閔泳綺と高永根、尹致昊を会見させて融和を図り、韓国政府は閔泳煥と朴定陽を入閣させてやや民意にそって見せ、さらに万民共同会員の身上の安全に担保を与える。
その結果、12月25日に万民共同会は集会を撤回し、会員も帰宅し、ようやく紛擾は一段落を告げた、と。
いや、これまでも何度か一段落してる筈ですがねぇ。(笑)
いつも誰かさんが誹謗なんかを真に受けたり、やる気も無いのに約束するような有言不実行で再び紛糾してたわけで。

而して、復讐窮りなきは当国朋党軋轢の常癖に有之。
本官は、此一時の調和は恐らく永久に持続し難からんと予想致居候処、果哉時日未だ幾ならずして、事態漸く転換の兆を顕はし、現に1月中旬に及んでは曾て民論沸騰の当時、5凶と排斥し奸臣と弾劾したる結果、免官若くは流刑に処せられたる兪箕煥、李基東、洪鐘宇、朴有鎮、吉永洙数輩の特赦となり、次て趙秉式、閔種黙の徒も亦た放免せられ、加之ならず、兪箕煥、洪鐘宇、吉永洙の新に官職に任ぜらるるあり。
甚しきに至っては、趙秉式の内閣組織せられんとする風説を伝ふるに至れり。
・・・。
やっぱり・・・。_| ̄|○

もう、枕詞のように「当国朋党軋轢の常癖」とか出てきますね。(笑)
で、加藤自身長続きしないだろうと予想していたら、果たして5凶と名指しされて免官されたり流刑になった、兪箕煥、李基東、洪鐘宇、朴有鎮、吉永洙等は特赦され、趙秉式、閔種黙も放免。
あまつさえ、兪箕煥、洪鐘宇、吉永洙などは新たに官職を得る有様。
終には趙秉式内閣が組織されるという噂まで出る始末。
いい加減、喉元過ぎればって止めろよな。(笑)


今日はこれまで。



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