前回もお知らせしたとおり、今回の話は総督府会議室の過去ログを編纂したものになります。
前回は、発端だけで終わりましたが、その続きから。


2005年1月15日
「箱根会議」という名の、本当は総督府新年会が箱根某所において開催され、その場で韓国本土に対する攻撃、いわゆる戦略爆撃のコンセプトとその攻撃目標は李泰鎮とすることが示されるとともに、今後の作戦構想に関するブリーフィングが行われた。
後にこの会議は、「世界の不味い菓子を味わうため」または「世界一ウサ耳が似合う男の座を争うことが目的」の会議だったのではないかという流言が流布することとなった。

この時、遠隔地等の理由により参加できなかった者に対しては、暇つぶしに「閔妃殺害事件予審終結決定書」をテキスト化した物が配布される。
当日は会場の模様が中継される筈だったのだが、中継はおろか報告すら無く、結局私を初めとする参加できなかった者は失意のまま床に就くこととなる。

2005年1月16日
朝。
朝食の御飯を食べ過ぎておひつを空にし、おひつのおかわりを要求するも断念せざるを得なかった箱根組。
そんな朝の会話。

「帰ったら、早速戦略爆撃の準備ですね」
「そうですね、今度は『思い遣り』は無しで」
「韓国史学の半分は『思い遣り』で出来ている事で分かっています」

これは、東京大学駒場キャンパス「共生のための国際哲学交流センター」において行われた、李泰鎭教授の講演会「グローバリゼーションの時代、歴史紛争を超えて」の教授の発言「日中は、韓国に『思い遣り』を持つべきだ」という発言と、某錠剤のCMを掛けたものである。

「それでは、残り半分は何なのでしょうね?」

「痛み止め」と、hermeth。

「それだ!」
「それニダ!」
「成程、慰撫史観ここに極まれりですな」
「相手にだけ求める慰撫史観というのも如何なものかと」

jpn1_rok0が宣言した。

「作戦名は『バファリン』にしよう」

これが「バファリン作戦」命名の瞬間であった。

箱根からの帰り道、箱根組は町の史料館で竹島を日本領土とした江戸時代の古地図を発見し大いに盛り上がった。
そして彼らは同所で朝鮮通信使が揮毫した額に必勝を祈願し、帰途についた。

この日、jpn1_rok0により早速「戦略爆撃命令」スレッドがNAVERに上げられた。
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1025381


今日はこれまで。



一次史料に見るバファリン作戦(一)