さて、今日からは再び笞刑に関する整理に話を戻します。
ってことで、「韓国司法及監獄事務委託」のお話。

この話、元々は1907年(明治40年・光武11年)7月24日の所謂『第三次日韓協約』とその『覚書』が基本になっています。
っつうか、あまりに当たり前過ぎて、これまでウチのブログでちゃんと取り上げて無ぇ・・・。(笑)
ま、取りあえず条文は東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室の『日韓協約』の部分でもご覧になって下さい。

で、その流れを受けて、1909年(明治42年・隆煕3年)7月12日の覚書によって、韓国の司法と監獄事務が日本に委託される事になります。
そんでは、アジア歴史資料センターの『枢密院文書・議事・明治二十一年~昭和四十五年/七十七 日韓覚書(司法監獄)報告ノ件附覚書写(レファレンスコード:A06050090200)』の5画像目から。

覚書

日本国政府及韓国政府は、韓国司法及監獄事務を改善して韓国臣民并に在韓国外国臣民及人民の生命財産の保護を確実にするの目的と、韓国財政の基礎を鞏固にするの目的を以て、左の条款を約定せり。

第1条
韓国の司法及監獄事務の完備したることを認むる時迄、韓国政府は司法及監獄事務を日本国政府に委托すること。

第2条
日本国政府は、一定の資格を有する日本人及韓国人を在韓国日本裁判所及監獄の官吏に任用すること。

第3条
在韓国日本裁判所は、協約又は法令に特別の規定あるものの外、韓国臣民に対しては韓国法規を適用すること。

第4条
韓国地方官庁及公吏は、各其の職務に応じ、司法及監獄の事務に付在韓国日本当該官庁の指揮命令を受け、又は其の補助を為すこと。

第5条
日本国政府は、韓国の司法及監獄に関する一切の経費を負担すること。

右各其の本国政府の委任を承け、覚書日韓文各2通を作り之を交換し、後日の証とする為記名調印するものなり

明治42年7月12日
統監子爵 曽禰荒助

隆煕3年7月12日
内閣総理大臣 李完用
まずは前文。
韓国の司法と監獄事務を改善して、韓国臣民と在韓外国臣民と人民の生命財産の保護を確実にする目的と、韓国財政の基礎を強固にする目的から、左の條款を約定する、と。
在韓外国人について、政体によって「臣民」と「人民」が呼び分けられてるんでしょうね。

第1条は、韓国の司法事務と監獄事務が完備したと認められるまで、韓国政府は司法と監獄事務を日本国政府に委託する、と。
wikipediaの第三次日韓協約の項なんかを見ても、「また非公開の取り決めで、韓国軍の解散・司法権と警察権の委任が定められた。」なんて書かれてますが、これは厳密に言えば間違いで、実質的な掌握はしているものの、委任されたのは今回の「覚書」以降ということになります。
1909年10月まで法部大臣は居ますしね。

ま、どっちにしろ「韓国の司法事務と監獄事務が完備したと認められる」前に併合になっちゃうんですが。

で、第2条では、日本国政府は一定の資格を有する日本人か韓国人を、在韓国の日本裁判所及び監獄の官吏に任用すること、と。
司法事務と監獄事務が委託されましたので、任用も日本政府が行い、施設は在韓国「日本」裁判所及び監獄という括りになるわけです。

第3条が今回のポイントですね。
在韓国日本裁判所は、協約又は法令に特別の規定あるものの外、韓国臣民に対しては韓国法規を適用すること。、と。
ここで、日本への司法権委任後も、韓国人には刑法大全を始めとする韓国法規が適用されることが謳われるわけです。

第4条。
勿論、司法権が委任されたと言っても、単独では執行していくことは不可能なわけで、韓国政府側の協力が必要となりますね。
ってことで、韓国の地方官庁や公吏は、それぞれの職務に応じて司法・監獄事務に関して在韓国日本当該官庁の指揮命令を受けたり、補助すること、と。

最後の第5条では、前文の「韓国財政の基礎を鞏固にするの目的」も踏まえて、韓国の司法及び監獄に関する一切の経費は日本政府側の負担、と。

韓国軍解散(二)」のときに、韓国軍解散詔勅にも触れました。
朕惟ふに、国事多難なる時に値り、極めて冗費を節略し、利用厚生の業に応用するは今日の急務なり。窃に惟ふに、我現在軍隊は傭兵を以て組織せるが故に、未だ以て上下一致、国家完全の防衛と為すに足らず。」という、要するに歳出削減しなきゃ駄目なんだから、居ても無駄なだけの旧式軍隊を飼ってる暇は無ぇという、ある意味酷い詔勅なわけですが、これを司法制度に当てはめれば、「朕惟ふに、国事多難なる時に値り、極めて冗費を節略し、利用厚生の業に応用するは今日の急務なり。窃に惟ふに、我現在司法制度は前近代的であるが故に、未だ以て治外法権の撤廃を為すに足らず。」ってとこかな。(笑)

ついでですんで、ここでこの覚書に関して、当時の韓国統監であった伊藤博文の具状を見てみましょう。
アジア歴史資料センターの『公文別録・韓国併合ニ関スル書類・明治四十二年~明治四十三年・第一巻・明治四十二年~明治四十三年/韓国司法事務ノ委托〇監獄事務ノ委托〇司法及監獄事務費ノ負担ニ付公爵伊藤博文具状ノ件(レファレンスコード:A03023677200)』の5画像目より。

韓国財政及経済上の状況を熟察するに、全然帝国政府の補助を要せざる時期に到達するには、尚ほ数多の歳月を要すべし。
然らば、両国の為め最有益なりと認むる事項に付、年々相当の補助を為すの外なし。
即ち、両国将来の便宜し、慮り、彼に在て為し得べからざる事項を我に委托せしめ、我に於ても亦彼を保護するに必要なる責務を負担することとし、我力の及ぶ限りを盡して以て扶植誘発の途を講ぜざるべからず。
左に此見地に基き、愚見を披瀝すると共に、別紙協約案を起草し、敢て廟議の採納を乞はんとす。

一 司法事務の委托
韓国保護政策を貫徹し、其効力を普及せんと欲せば、到底治外法権を撤去せざるべからず。
然らば、今日の急務は韓国の司法事務を改良し、先づ韓国臣民及在韓外国人の生命財産の保護を確実にするの方法を講じ、以て条約改正の準備に供せざるべからず。
然るに、韓国に在て積年政治紊乱の主因たる法治の欠点を補はんが為めには、一面法官を養成し、一面国民の法治的習慣を馴致せざるべからずと雖、是一朝一夕の能くする所に非らず、■くも一生期の歳月を俟たざるべからず。
然るに、韓国統治上の一大障礙たる治外法権の撤去を数十年間遷延し、之を等閑に付せば、或は形勢の変移に依り、終に其の目的を達し能はざるに至るやも未だ■■るべからず。
故に、寧ろ今日に於て司法に関する事務を挙て、韓国政府より帝国政府に委托せしめ、純然たる帝国政府の責務として、着々之が改善を図り、一日も速に条約改正の準備を完成せざるべからず。

二 監獄事務の委托
司法事務の改善、予期の如く成功すと雖、監獄の制度之に伴って完備するに非ざれば、未だ以て文明国民をして甘じて韓国に於ける日本の裁判に服従せしむるに足らず。
故に、所謂画龍不点晴の憾なからしめんと欲せば、監獄事務の委托は、我に於て啻に不得已のみならず、寧ろ当然の要求と云はざるを得ず。

三 司法監獄事務費の負担
去る明治40年度以来、帝国政府は6ヶ年に亘り金1,960余万円(内、経常費に属するもの初年度に於て150万円、次年度より年々300万円、臨時費に属するもの最初3年間に合計310余万円)を韓国政府に無利息無期限にて貸与す。
是れ、韓国財政の現状に顧み、保護の目的を達する上に於て実に不得已に出づ。
而して、其貸借の形式を採れるは、単に手続上の便宜に基くが為めにして、事実は即ち同国政府に対する交付金に外ならず。
而して、此貸与金は、明治45年度に至れば契約の期限に達すべしと雖、韓国財政・経済の状況は、今後暫くは到底我補助金を全廃する能はざるが故に、結局補助の必要ありとせば、寧ろ進で本協約に依て帝国政府に委托せしめたる司法監獄に関する経費を帝国自ら負担し、在韓国の裁判所を名実共に日本裁判所と為すに如かず。
韓国の現状を見れば、日本の援助無しにやっていくには、更に相当の歳月を要するという前提で、司法事務の委託と監獄事務の委託と、それら経費に関する意見。
つうか、「彼に在て為し得べからざる事項」って。(笑)

司法事務については、治外法権の撤廃を主眼に司法事務の改良を訴え、法官の養成と国民に法治的な習慣を身につけさせる事を指摘し、でもそれには長い年月がかかる。
しかし、そんなに長い期間かけれないから、寧ろ司法事務を日本に委託させて、日本の責務として改善して、一日も早い条約改正の準備を完成させなければならない、と。

で、監獄事務については、司法事務が改善したとしても監獄制度が伴っていなければ意味無いわけで、やむを得ないというより当然の話、と。

最後に、日本は明治40年から6ヶ年にわたって1,960万円あまりを韓国政府に無利息無期限で貸与してる。
これは手続きの便宜上賃借の形式を採ってるけど、実際には韓国政府に対する交付金だ、と。
で、明治40年から6年間ですので、明治45年になればその期限になるわけだけど、現状の韓国財政や経済の状況じゃ、補助金打ち切るのは無理なわけで、結局補助の必要があるなら、日本に委託しさせた司法監獄に関する経費は日本が負担し、在韓国の裁判所を日本裁判所にしちゃった方が良いでそ、と。

ま、この史料はこの史料で、他との関連で結構面白い史料なんですが、取りあえず今回御紹介しておきます。
兎も角、こうして司法・監獄事務が委託され、韓国人には刑法大全を始めとする韓国法規が適用される事になったわけですね。


おまけのせいで長くなりましたが、今日はここまで。



笞刑に関する整理(一) ~序~
笞刑に関する整理(二) ~刑法大全(1)~
笞刑に関する整理(二) ~刑法大全(2)~
笞刑に関する整理(二) ~刑法大全(3)~
笞刑に関する整理(二) ~刑法大全(4)~
笞刑に関する整理(二) ~刑法大全(5)~
笞刑に関する整理(二) ~刑法大全(6)~
笞刑に関する整理(三) ~民籍法(1)~
笞刑に関する整理(三) ~民籍法(2)~